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2017.04.11

海を渡っていった日本人  僕らはもっと自信を持っていい!(その2)

(前回より続く)

 
って現代。 
 
 
戦前戦後を通じて思い出される日本人町では
なんといってもブラジルの日本人町と
アメリカのリトルトーキョーではないだろうか。
 
 
そのどちらにも、ニッポンを売り込むために
市場調査、販売支援活動に訪ねたことがある。
 
 
 
先ずは、ブラジル・サンパウロにある
日本人町(リベルターデ)。 
 
 
0808_16
 
 
日系移民100周年の2008年にここを訪れた。  
 
 
0808_46        第一回移民781名を載せて、1908年に神戸港より出航した
 
 
 
最近は中国韓国の経済発展に伴い、
商店や会社のオーナーが日本人と入れ替わるところもあり、
日本人町ではなく、東洋人街と言われるようになっているとも聞いた。 
 
 
0808_48
日本的な設えのなかにもいつの間にか・・・
   
Dsc_7945
   
Dsc_7982
 
0808_26
 
 
とはいえ、街は活気があり、
人の往来も賑やかだ。
 
 
0808_29
 
   
日本の多様な文化も発信されている
 
0808_62
   
地球の真裏でも、情報発信することに意義がある
 
Dsc_7857
 
Dsc_0857
 
 
地元で活躍している日系人の皆さんたちと交流もしたが、
日系人は代々、ただ開拓してビジネスするだけではなく、
子供を医者や教育者にして、地元ブラジルのために
大きく貢献するなどの積み重ねが高く評価され、
“ニッケイジン”は絶大な信用を得ているという。
 
Dsc_7992_2
町のあちこちに銅像が
 
 
農業や土木技術などの現場でも第一線で活躍しているそうだ。   
 
 
0808_12
地域に根付き、共生する先人たちの労苦に思いを寄せる
 
 
同じ民族として、自分も褒められているかのように誇らしかった。
 
 
 
Dsc_0848_2
 
 
ここ日本人町でもかなりのニッポンの食材食品が
販売されている。
 
 
0808_51
 
日本のストアと遜色ない
 
0808_53
   
0808_49
寿司・弁当はここでも売れ筋商品に成長
 
Dsc_8179
国民食も海を渡る・・・
 
 
0808_56
100年前から農業技術こそが日本の武器だったはず
 
 
 
再び日系コミュニティーが復権する日も遠くないかも知れない。
 
 
 
0808_21_2
 
 
僕等の魂に眠るブラジル開拓の精神を
今こそ地域創生に発揮すべきである。
 
 
 
重ねて訴える、僕ら本人はもっと自信を持っていい!!
 
 
Dsc01383
リベルターデ・大阪橋のたもとにて    2008年8月
   

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ブログについて


  • 誤解しないでください。決して「日本を売る」のではありません。 優れたニッポンの商品・地域を「世界に向けて」売り込むのです。 日本全国に無数に広がる優れたジャパンブランドの地域商品や農林水産物の海外展開。 世界に誇れる観光地とおもてなしの心。「内向きではなく外向き」発想と行動で、ニッポンの地方の元気づくりを考えます。

筆者関連書籍


  • sonsi すでに第70刷を数える人気本。中国の古 典を現代ビジネス戦略に生かす知恵を分かりやすく解説。

  • rongo ビジネスマンの人としての生き方、企業としての在り方にヒントを与える孔子のことば