ローカルにこそ国際関係史
埼玉県日高市を訪れると、興味深い史跡にめぐり合える。
「あれっ、これ将軍標じゃないか!?」
一瞬、韓国にワープしたんじゃないか、と錯覚する。
そう、ここは、高麗(こま)神社である。
668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗からの渡来人たちが移し置かれた、武蔵国高麗郡の郡司である高麗若光を祭る神社である。
長い年月をかけて修復を繰り返されたのだろう、全国各地でよく見かける普通の形式の神社ではあるが、その歴史や背景を知るととても興味深い。
当時の日本(倭国)は、たしか高句麗とは敵対してたんじゃなかったっけ?? とか、
なぜ倭国は遺民を受け入れ、そして何故この地に住まわせたんだろう? などと思いを馳せる。
この辺りの時代は、学校で教わる歴史でも早い時期だから結構余裕をもって学んだつもりだが、かなり怪しくなっている。朝鮮半島の三国時代をもう一度紐解いてみるのも面白いかもしれない。

小さな句の字の持つ意味は何だろう?
たしか韓国で50%を越える視聴率をマークした連続ドラマの朱蒙(チュモン)は高句麗が舞台じゃなかったっけ?
またこの神社は、若槻礼次郎、浜口雄幸、幣原喜重郎、鳩山一郎などの政治家が参拝した後に総理大臣になったことから、明治以降「出世大明神」とも呼ばれるようになったそうである。
梅雨空のもと、あちこちに散在する史跡に触れるたび、
リアルな発見に小さな興奮を覚える。
隣国の歴史や文化、また我が国との交流・通商の歩みを知ることは、今日を知り、未来を拓くことにつながる気がする。
海外にだけでなく、自国の足元にもこのような遺産は各地で見つけることが出来る。
昔から、地方にも国際交流の足跡が数多くある。
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それにしても繁華街は、


































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